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2021.08.25

わたしは昔、MARKのことが 大嫌いでした。

わたしは昔、旦那さんMARKのことが
大っっっっっ嫌いでした。(ちっちゃい「っ」何個やねんっ!)

彼はもともと
育児雑貨の会社を経営していて、

「子育て中のママたちを笑顔にしたい」

助産師であるわたしの目指すところと、
彼の志すところが一致していたことで
お世話になっていました。

ですが取り組んでいるうち
次第に違和感を感じるようになりました。

目ざすは同じ方向なんだけど、
MARKがママたちに対して
「ポジティブ思考こそ素晴らしいことだ」
と説いていることがどうも解せず・・・モヤモヤ。

なぜなら、世の中のママたちは
ポジティブになりたい!と思っていても
そう簡単にはなれるわけじゃないから。

ちゃんと育てられるのか。
ちゃんとしつけられるのか。
いいママになれるのか。

守っていくべきわが子に本気で向き合うからこそ、
子どもが大切ゆえに不安になり、
自分に自信がなくなる・・・
それがママたちのリアルです。

ポジティブになれないのは
彼女たちが一生懸命に子育てしているからで、
がむしゃらに生きているからに他なりません。

子育ては
報われないことばかりですよね。

せめて夫が妻の不安に心を寄せてくれたら
いいんだけど、

パパはパパで仕事をがんばってくれていて
家に帰ってきてまで、
ママの話をのんびり聞くゆとりがなかったりします。

そんな中で、ポジティブ全開で
明るく自信に満ち溢れながら
妻、母業をこなしていくなんてことは
簡単ではありません。

落ち込んでもいいよ。
ポジティブになれなくてもいいよ。
そのままのあなたでいいんだよ。

前向きになれないのは
あなたがそれだけ必死に
子どもに向き合っているからだよ

と、わたしは思っていたので、

MARKの、ポジティブ推し思考が
バカみたいに見えました。

彼の底なしの明るさは
わたしの薄っぺらい表面上の認知の中で
リアルなママたちの姿と
あまりにもかけ離れて映りました。

だから
許せなかったんです。

あなたにママの何がわかるんだ!!
って。

当時、わたしは
MARKが本当はどういう人なのか
全然知りませんでした。

ポジティブ=素晴らしいこと

そんなノーテンキな偏った先入観を
ママたちに押し付けるまぬけで残念な人、
と思っていました。

世の中の常識や一般論、
自分の知識、経験から判断し、
わたしは自分の価値観を正しいと妄信する正義
を振りかざしていたんです。

主観だけで
彼のポジティブを全否定していたんですね。

MARKの立場に立って
ひと呼吸おいて考えてみるなんて
思いつきもしなかったし、

自分の納得のいかない事象に対して
ただ批判していたに過ぎません。

無知というか、視野が狭かったと思います。
そこに、相手の気持ち、意思は
完全に抜け落ちていました。

時が経ち、
MARKの掲げるポジティブ思考が
どこから来ているのか。

それが表面的なものではないことを知ってからは
何も知らずに彼の表面上の言動だけを
切り取って批判していたことを猛省しました。

今では、その思考の深い深い意味、
奥に潜む彼の優しさを知っています。

誰しも、価値観、意思があります。
それをよく知りもしないのに
一方的に彼の人間性までも批判していたわたし・・
情けない話です。

人生は自身の責任で選択すべきで
失敗から学ぶことだってあります。

何を目指すかは人それぞれで、
目的はあなたも、わたしも
それぞれが自由に選んでいいのです。

だからよほどのことがない限りは
各々の価値観や意思は
尊重すべきだと今は思います。

テレビやSNSなどで
よく見かける「他人を批判する」という現象も
ほとんどが昔のわたしと同じなのかもしれません。

相手のことをよく知らず
相手の立場で物事を考えられないからなのかな。

よっぽど人の道に反した事柄でない限り、
価値観の相違に伴う批判は
批判される側よりも
批判している側の考え方や心のありようが
関係しているとも思います。

自分とは違う価値観や、
違う意見を持っている人のことを
「有害だ!」「不愉快だ!」と感じる裏には

自分にはできないことをやっている人を見て
その羨ましさが悔しさになり、
攻撃欲になって現れる場合もあるでしょう。

また、自分とは違う異質な存在を
ただ単純に受け入れるキャパがなくて
自分のものさしだけで測った結果、
「不快だ」「排除だ」と決定を下す場合も
あるかもしれません。

そもそも
この世にいる人はみんな違います。

同じものを見たり、同じことをしたりして
抱く感想が全然違うなんて当たり前。
意見や考え方にすれ違いが起こることが当然です。

わたしが毎日配信している
YouTubeやブログにも
それぞれが抱く感情や感想は良いものも悪いものも
あっていいと思っています。

建設的な批判として
わたし自身が納得できることは
受け入れ反省し、活かしていこうと思います。

つい、自分と違う意見を耳にすると
あたかも非難されているかのように感じ
心が痛くなりますが
自分と違う意見があるからこそ意味があり
成長できるのだから
こんなにありがたいことはないんですよ!

その一方で無意味な批判であれば
いちいち感情的になったところで
自分を見失ってブレるだけ。

その批判は果たして
自身の成長に役立つものだろうか?
論理的で建設的な正当性がある主張だろうか?

批判をそのまま受け取って落ち込む前に、
ひと呼吸置いて考えなくちゃ
いけないなと思っています。

動揺しない。
反応しない。
タフでクールな自分でいたい。

現状に満足し、自尊感情が高く
よい意味で自分を認め、自信があったら
無意味な批判にいちいち動じたりしないのでしょうね。

・・・と。
これらはキレイゴトであり理想論です。笑

わたしはまだ人間ができていないので
やっぱり凹みます・・・

だったらもう
何もしない、何も言わない、
そうすれば希望通り、
もう批判されることもなくなって楽になれるよ!

という回避策が
頭をよぎってしまいます。

ブログもYouTubeもやめちゃおうかな・・・って
思ったこと、数知れずです。

自分と同じ価値観、同じ意見を
持っている人だけを愛するのではなく

自分と違う意見、価値観を許容し
見返りを求めないことこそが
本当の意味で
『ママたちを想う』ってことなんだよな・・・と
最近考えています。

だとすると、
わたしの『ママたちを笑顔にしたい気持ち』は
まだまだ未熟で浅はかだな・・・と
思い知らされます。

自分が望む人生を堂々と歩むために
価値観の多様性を認め、
それを活かし、支え合って
個々がいきいきとした毎日を送れる
社会になったらいいなと思います。

いいとか悪いとか、勝ち負けや優劣は
人間がする判断で、
その判断によって優越感になったり
コンプレックスになったり・・・
わたしたちは他人の批評に影響されまくって生きています。

つまり、さまざまな生き方、考え方、価値観に
よい、悪いのジャッジを下すことが
無駄な悩みを生んでいるんですよね。

批判に影響されず、
〝自分がどうあるべきか〟
どんなときにもその軸がブレないのがMARKです。

かといって、自分の価値観を正当化し、
強がって防御に回ったり臨戦態勢をとるでもなく
いつもユルッと力が抜けた笑顔で淡々といる彼を
見ていると

あれだけわたしにケチョンパに嫌われ
批判されまくっても

当時から、自分のありのままの心の状態を
否定も肯定もせずにただ感じ
個性や自立心、独創性を損なうことのない
すごい人だったんだと思います。

彼みたいに生きられたら、
幸せは向こうから、
どんどん近づいてくるのでしょうね。

わたしもそうありたいです。

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