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2022.12.14

流産死産したママ・家族へ助産師ができること(前編)

わたしは
1998年生まれの第1子を筆頭に、
2020年までに12人の子どもを出産しました。

でも本当は、その隙間に
あと5人、生まれるはずだった子どもたちがいました。

初めての妊娠、7週目のことでした。
突然下腹部の痛みを覚え、真っ赤な出血。
病院へ向かう道中、痛みはどんどん増していき、
ああ、赤ちゃんとさよならするんだ・・・
と確信しました。

まったく心の準備がないまま、
突然起こった想定外の出来事でした。

宿った命が産声をあげることなく
おなかの中で亡くなってしまう初期流産は
そのほとんどが染色体異常に伴うものですが、
どんな統計学的根拠を示されても
わたしの心は晴れませんでした。

もしあのとき、
エアコンの効き過ぎた部屋にいなかったら。
もしあのとき、自転車に乗らなかったら。

日常の些細な行動を思い起こしては
流産をもたらした犯人を探して
必要以上に自分を責め続けました。

妊婦の自覚を持って体を労る生活をしていたら
赤ちゃんを救うことができたのでは・・・?
流産の身体的な痛手も重なり、
そんな自責の念にずっと苦しめられました。

おなかの中で育んでいた子を
自分の体の中で亡くすということは、
強烈な喪失体験です。

物理的に子どもを失っただけではなく
その子が生まれた後、ともに歩んでいくはずだった
明るい未来予想図までもが、
流れていってしまったように感じられました。

不全流産のため、
処置をすることを告げられました。
現状を把握できず放心状態になっているわたしに、
助産師さんがまるで腫れ物に触るみたいに
「大丈夫ですか?」と声をかけてくださいました。

わたしは反射的に
「はい、大丈夫です」と答えましたが
大丈夫なはずがありません。

だけど、「大丈夫ですか?」と訊ねられたことで
なぜか大丈夫ではない姿を
見せることができなくなったのでした。

時として、
励ましの言葉が凶器になることもある・・・
わたしたち医療者は心して言葉を選び
悲しい経験をされた女性たちを
支えなければならないと痛感します。

厚生労働省による人口動態統計によると
流産は全妊婦の15%、
妊娠12週以降の後期流産を含む死産は2%という頻度で
起こると示されています。

統計的によくあることであったとしても、
2回目の流産も、3回目も4回目も5回目も、
そのひとつひとつの体験は
人生でもっとも悲しい出来事でした。

5回目の流産は妊娠10週でした。
母子手帳が交付されたあとの心拍停止でした。

「たくさん子どもがいるんだから、元気出して」

そのとき関わってくださった助産師さんは
精一杯の言葉でわたしを励ましてくれようと
したのだと思います。

ですが、何人子どもがいようが、
おなかに宿った命は唯一無二の存在であり
悲しみの深さは変わりません。

〝よくあること〟なんかで
片付けられるはずもなく、

流産は誰のせいでもないと頭では理解していても
子どもを亡くすことほど親にとって辛いことはなくて、
納得するのにはずいぶん時間がかかりました。

助産院ばぶばぶでは、
赤ちゃんの誕生を見ることなく、
あるいは誕生と同時に死んでしまった
流産・死産後のママたちから
心の救いを求めての相談がたくさんあります。

スクスク成長し、
人生を謳歌していくわが子の姿、
当たり前に得るはずだったものが
一瞬にして奪われてしまったことの不条理を
そう簡単に受け止められるはずはありません。

妊娠中の胎児に
なんらかの問題が発覚したときには
ときに選択的人工妊娠中絶の決断を迫られるという
胸をえぐられるような苦しみを背負うこともあります。

おなかにきてくれたことがわかった日のこと、
さよならした日のこと、
そして今の気持ち。

流産や死産は悲しいことなので、
他人に話すことはタブーとされているのが現状です。
ですが本来は、恥ずべきことではありません。

悲しみを心に秘めて押し殺してしまうことなく
悲しんでいる自分の気持ちを言葉で表現し
たくさん嘆き、たくさん泣くことには
大きな意味があります。

あるとき、胎児水腫の診断により
妊娠15週で選択的人工妊娠中絶を行ったママが
助産院ばぶばぶに来られました。
不妊治療の末、やっと授かった3人目の赤ちゃんだったそうです。

妊娠から今日までのストーリーを
絞り出すような震える声で話し始めた彼女の目を
わたしはじっと見つめて耳を傾けました。

すると彼女はこう言いました。

「HISAKOさんは
わたしの目を見ることができるのですか?
どうして?」

病院では、スタッフたちはみんな
彼女の言葉を聴きつつも
ふいに目をそらしたのだそうです。

医療者は、
プロフェッショナルとして
感情移入してはいけない、
冷静に対応しなければならない、
という気持ちが働きます。

その結果、当事者やご家族にとって
形式的、機械的で
なんとなく冷たい印象を
もたせてしまうことがあるかもしれません。

医療者も心ある人間なので、
単純に、悲しみに打ちひしがれている人を
直視することができず

どう接していいか、
どんな言葉をかけたらいいのかわからず
つい、目をそらしてしまうという場合も
あると思います。

ですが、

目をそらされる・・・

それはつまり、

選択的人工妊娠中絶という、
辛すぎる選択を迫られた当事者から
目を伏せ、耳を閉じ、向き合おうとしない
回避的な態度とも言えるのではないでしょうか。

大切な赤ちゃんを失うという悲しい出来事を
まるで触れてはいけないもののように扱ったり、

産婦人科の日々の業務の
ありふれたひとコマのように淡々と
流れ作業的に関わることは、

当事者にとっては
確かにおなかに存在していた小さな命を
軽視されているように感じられ
さらに輪をかけて悲しみのどん底へ
叩きのめされる要因となり得ます。

   後編につづく→

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