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2022.09.16

保育・子育て・・プロフェッショナルとは

経験を積んだ保育士なら
子育てなんか余裕でしょ?と思いきや

ママになった多くの先生が

「子育てをしてみてはじめて
ママの孤独感、ママの偉大さがわかった」

「保育園で預かっていた子どもへの保育と
自分の子どもへの子育てのギャップに
行き詰まって身動きが取れなくなった」

と話してくださいます。

先生が保育園で子どもと一緒に過ごす時間は
勤務時間のみですよね。
仕事が終われば自分だけの時間を
過ごすこともできます。

だけど子育ては
すっと子どもと一緒です。

ママの体調が悪かろうと
夜中だろうとおかまいなし。

睡眠を削っても
ママはいつだって子ども優先で
自分のしたいことに没頭できる時間など皆無、
子育てに休息はないのです。

先生たちは
園児に対して深い愛情を持って
接してくださいますが

保育は
預かっている大勢の子どもの状況を
的確に説明する大きな責任を負っている
仕事だからこそ

常に冷静に気を配りながら子どもと接し
客観的な見方をすることができます。

これが『ママとわが子』
という関係性になるとそうはいきません!

客観性を保つなんて
とてもじゃないけど無理!

つい主観的な捉え方になってしまい
必要以上に不安になったり落ち込んだり・・・。

わたしは毎日、
仕事では専門的知識と経験値を武器に
客観的に理論的にママたちに
アドバイスさせていただく立場ですが

子育て歴24年、
12人も育ててきてもいまだに
母子だけの狭い世界では
適切な距離感がわからなくなり
急に自信がなくなることがあります。

そんなときは
わたしよりひと回りも若いママたちに話して
「HISAKOさん、それでいいと思いますよ」
と背中を押してもらって安心するという
マヌケっぷりです笑

1歳11ヶ月、第12子のねねちゃんは
大好きな担任の先生がいないと
周りを見渡して
二番目に好きな先生を選んで抱っこをせがみます。
代替え可能なんですよね。

だけどママは、先生のようにはいきません。
ねねちゃんにとってわたしは、
世界に1人の唯一無意のママだから。

子どもは
信頼、安心できる相手の愛情を確かめるために
「イヤだ!」と反抗しますが

「ママがいい!」
際限なく襲ってくるLOVE光線は
嬉しい反面、一身に受け続けるには
刺激が強すぎて想像以上に消耗、
イライラすることだってあります。

集団生活の場での
同じクラスの同じ年齢のお友達との関わりでは
思い通りにならないことだらけ。

そこで我慢や妥協、譲り合いといった社会性も
育まれますが

お友達と張り合って自己主張してみたり
友達や先生にカッコイイところを見せて
誉められたい心理から
イイ子ちゃんを演じるという高度な技も
子どもはお茶の子サイサイでやってのけます。

先生への「イヤだ!」が自己主張なら、
ママへの「イヤだ!」は
リラックスして休める家庭という環境で
安心から来る甘えやわがままが
炸裂した表現であり

同じ「イヤだ!」でも
両者の意味合いは
少し異なる場合が多いように思います。

相手がママだからこそできるわがまま、
いたずら、甘えというものが必ずあるので
「イヤだ!」へのベターな対応も
環境次第で変化球が必要になるわけです。

つまり、
保育視点からのアドバイスと
子育て視点からのアドバイスは
微妙に異なる内容になることがあるんじゃないかと
思うんですよね。

子どもはしたたかです。
ママと先生とで
見事に接し方を使い分けます。

もちろん、日中は毎日先生と過ごし
一緒にいろんなことを経験していく中で
子どもは少しずつ先生に
心を開いていきますが、
ママに対してと同じであるはずはありませんね。

小学生になっても
学校ではちゃんとできるのに
家ではわがまま放題、言うことを聞かない
と頭を抱えるママは多いです。

このように『保育』と『子育て』は
子どもの育ちをサポートする
という方向性は同じでも、

保育現場での適切な対応と
家庭での適切な対応は
必ずしも一致するわけではありません。

仲間と協力して子どもに接する『保育』と
家でママひとりで子どもに向き合う『子育て』では
状況がまったく違います。

保育は先生が1人で行うわけではなく
同じ職場の先生同士で
助け合い、支え合いながら
子どもたちと接していきます。

それに対して子育ては
家庭内での狭い関わりが中心になるので
どうしてもママの重責が大きくなり
孤独感を感じやすい傾向になりがち。

子育てにしろ保育にしろ
それぞれに悩みはあるので
一概にどっちのほうがたいへん
とは言えません。

でも、子育てと保育、
どちらも経験している人に聞いてみると
「子育てのほうが断然たいへん!」
と口を揃えておっしゃいます。

保育は仕事だから、
それで収入を得ている以上
責任をもってやらなければならないものの
辞めたくなったら
いつでも辞めることができますよね。

けど、子育てには終わりがないのです。
辞めたくなっても絶対に逃れられない・・・
放棄は許されないのです。

そういう意味でも
保育と子育ては
似ているようで全然違います。

ほとんどのママは子育ての初心者ですが
先生は、子どもの成長の度合いに合わせた接し方を
理論に基づいて学び実践を重ね
子どもたちの育ちをサポートする専門家です。

イヤイヤ期の接し方だったり、
子どもを叱る場面ひとつとっても
ただ叱るのではなく、なぜ叱るのか。
有効な叱り方は?

子どもの存在を否定する叱り方ではなく
そのときの好ましくない行動に対してのみ
叱ることが軸である

といったように

エビデンスに基づいた
専門的な知識での無駄のない関わり方は
役に立つこと間違いなしです。

そして子育て中のママはママで
時間をかけて試行錯誤で経験を積むことで
しっかりと子どもの心に届くような
関わり方ができるようになっていきます。

つまり、
子どもの育ちをサポートするという意味では
両者の知識や経験、
どちらも必要なんですよね。

ママも先生も、
子どもを思う気持ちや姿勢には
共通するものがあるはずなので
それぞれのよいところを活かし合ったら
効果倍増なんですが・・・

「子育て経験のないと
一人前の先生ではない!」

「子育て経験がない
先生にママの何がわかる!」

保護者に噛みつかれて
イヤな気持ちになったという
先生の話を聞くことがあります。

たとえ子育て経験がなくても、
先生はやはり
その道のプロフェッショナルだから
自信を持っていいのに。

ただ、子育て経験のある先生は
家庭内での夫婦関係を
良好に保つことが容易ではないことや

孤立しやすい子育ての中で
プレッシャーを抱えて奮闘する苦悩や
生きづらさを実体験していることで

ママの気持ちの深い部分に踏み込んで
多方面から理解し寄り添うことができる場面が
圧倒的に増えることは確かでしょう。

「子どもの発達心理の
イロハも知らないド素人のママに
プロのアドバイスをないがしろに
言われる筋合いはない!」

と、投げられた批判に対して
反論したくなっちゃうとすれば
それは、共感力が足りないからだと思います。

「自分の未経験な子育てとは
どういうものなのか?」

「ママの気持ちってどんななのか?」

そういう相手の持つ背景を、
豊かに想像力を働かせ
イメージして包み込めたら素敵ですよね。

わたしも、

「死産したこともないのに死産を語るな!」

「12人も産んでるあなたに
不妊の苦しみがわかるわけない」

指摘されて
すごく悩んだことがあります。

でも、
おっしゃる通りなんですよ。

どんなにその分野に関する知識が豊富でも
どんなにプロとして
場数をこなして携わってきても

自分自身が同じような経験を
体感することでしか得られない学びや気づき
というものは確実にあると思っています。

今まで助産師として
帝王切開のケアをしてきたけど
12人目、初めて自分自身が帝王切開したことで
今まで「わかっている」と思い込んでいたことが
全然甘かった、わかっている気になっていた
だけだったことに愕然としました。

でも、だからといって、

「帝王切開したこともない助産師が
知ったかぶりを語るな!」

それは違います。

なぜならわたしは
母子医療を学んだ
プロフェッショナルとして誇りを持っているから。

経験したことがないなら
深い骨幹の微妙な部分まで
くまなく感じ取ることができないのは当たり前です。

その事実を真摯に受け止めた上で大切なのは、
わからないからこそ
しっかり知識を得ること、
そして相手のことを理解(共感)しようとする
思いやりであり、それこそが人間力だと思うのです。

多様性に富んだ
さまざまな価値観の人がいて、
家庭環境だっていろいろ。

状況によっては
プロのアドバイスを受け入れたくても
受け入れられないケースだってあるのです。

未経験だからこそ
相手のデリケートな気持ちに
謙虚に想いを馳せる意識は
人一倍必要かもしれません。

そうすれば、
先生が伝えたい「保護者へのアドバイス」と
ママが「子育てでできる範囲のこと」には
微妙な温度差があることにも
気づいていけるだろうし

豊かな想像力がもたらす優しさが
相手への配慮ある柔らかい言葉となって
表現されるようになるでしょう。

そしてママ側も
先生のアドバイスのすべてを
受け入れようとする必要はありません。

理論に基づくアドバイスは
ときには受け流すことも大切で
ママなりの、ママとしてのやり方を
確立させていくことも必要なのではないかと
思います。

「経験もしてないくせに!」

と言う人たちの深層心理には
プロからの正論アドバイスを
受け入れたいけどうまくできない状況を
わかってほしい!という気持ちが
潜んでいるんじゃないかと思います。

がんばってる。
これ以上がんばれないぐらい
必死にやってる。
だけど、うまくできないんだよ。

それでも誰か
「がんばってるね」って
わたしを認めてよ!

正当化しなきゃ
自分が壊れてしまいそうになる。
それが、自分を守る唯一の方法。

それぐらい大きな重圧を背負って
ママたちは日々子育てしているのです。

保育のプロの発するアドバイスは
ド正論すぎて、

リアルな自分の子育てと比べたときに
ギャップがありすぎて
逆に苦しくなっちゃうママもいると思うのです。

発せられたトゲのある発言を
そのまま薄っぺらく
受け取っていたんじゃ
プロフェッショナルとは呼べません。

毎日一生懸命
子育てしているママたちの心の奥にある
孤独だったりプレッシャーだったりという本心を
大きな懐で紐解いて包み込めるゆとりこそが
求められる力なんじゃないかと思います。

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